失敗、罪、過失…
「過ち」と同じ意味の言葉はいくつか浮かびますが、
「あやまち」の言葉の響きには、それらにない重いものを感じます。
先日、6歳の娘と些細な言い合いをしました。
普段ならば、私が折れるのですがそのときは疲れていたことと、
あまりに理不尽な娘の言い分に私は譲りませんでした。
それを端で見ていた奥さんが
「二人とも、悪いよ。二人同時にごめんなさい言えばいいじゃない」
と言って諫めたのです。
まぁ、確かに私にも非があるか、と折れようとしたとき、
娘は泣きながら言ったのです。
「はづちゃんは、どちらが先に過ちを犯したのか知りたいの!」
…
6歳です、娘は。
親の私が言うのも何ですが、驚くほど言葉を知っているんです。
ただ、その言葉の持つ意味を理解するまでには、
当然至っていません。
このどうしようもないやりとりに『過ち』という言葉はそぐわない。
別の時ですが、娘にこんなことを言いました。
「たくさん言葉を知っていることはとてもいいことだけど、
言葉には、言葉の意味がきちんとある。
それをこれから深く知ると、もっといいよ。
なぜなら、言葉は人間が作っているから、それを知るということは、人間を知るということだから」
6歳の子どもには難しいかも知れないけど、
「過ちを犯す」とすんなり出てくるくらいだから、
そう遠くない未来に、きっと理解してくれることだろうと願っています。