師匠について

5月も半ばを過ぎたかぁ…

と、カレンダーに目をやると、ふいに、師匠の命日が過ぎていたことに気づきました。

命日は、5月1日。

脚本を書き始めたのは、シナリオ作家協会主催の「シナリオ講座」を受講したのがきっかけでした。

そこの講師だったのが、師匠・猪又憲吾先生です。

どういうわけか、猪又先生は始めの頃から私に目を掛けてくれました。

同じ講座には、脚本家になった人もいたし、

小説家として大成した人もいます。

それでも、そういう面々よりも私のことを目に掛けてくれました。

おそらく、人間的に馬があったのだと思います。

 

師匠との思い出を語り出したら、きりがありません。

私に創作のイロハを教えてくれて、人生とはいかなるものか、教えてくれた人だと言っても過言ではない人です。

その人が亡くなって、数年、私は書く気力を失いました。

正確に言うと、気力はあっても、そのベクトルを書く方に向けられないという方が正しい表現かも知れません。

妙にハイテンションになったかと思うと、急に思い出して涙が止まらなくなる。

そんな日々でした。

それが、9年も過ぎると師匠の命日も忘れるようになるのだから、

薄情なものだと感じてしまいます。

ただ、忘れるということは、それほど悪いことではないと、感じることもあるのです。

いつまでも思い出にすがって、生きることを師匠は臨んではいないでしょうから。

それよりも、師匠が果たせなかったことを果たすのが、弟子に託された使命のように感じるのです。

師匠に追いつくことも大変なのに、超えるというのはたいへんな事だと思っています。

しかし、師匠の言葉を借りるならば「人生はマラソン」です。

走り続けていれば、亀もうさぎに追い抜くことだってあるでしょうから。

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