動画スクールPAVIOSの講師をしている、大林です。
現役テレビディレクターとして、最近ではNHKの医療番組なども作っています。
今回は、「動画をつくる社会的意義」というテーマでお話ししたいと思います。
ついつい私たちは「仕事」を語るとき、経済を軸に話をしてしまいがちです。
負担なく自由に「稼げる」仕事として、動画編集が注目されたという側面もあります。
しかし、言うまでもなく仕事は「お金が稼げればよい」というものではありません。
仕事のやりがいや意義を感じられないと、続けることは難しいと思います。
動画の役割
まず、動画は何のために存在するのでしょうか。
多くの方は、「それは動画によって違うでしょう」と答えると思います。
その通りです。
「おもいきり楽しませるために作った動画」と「難しいことをわかりやすく伝える動画」は、
明らかに目的が違います。
ただ、共通して言えるのは、動画には人の心を動かす使命があるということだと思います。
それは、かき乱されるほどの衝撃のときもあれば、さざ波のような小さなゆらぎの時もあります。
私たち動画をつくる人間は「動画で人々の心を動かす権利を得ている」と考えられないでしょうか。
これは、すごいことなのです。
私たちは、動画をつくることで、人々の心を扱っていました。
だからこそ、動画をつくることの社会的意義があるのだと思います。
動画クリエイターの社会的責任
人の心を扱うからこそ、動画クリエイターは社会的責任も生じると思います。
動画をつくり、公に出す以上は、一定の水準の動画である義務があると私は考えます。
そのために、教育が必要だと考えたのです。
誰もが、気軽に動画をつくれるようになった今だからこそ、動画が与える人々の影響に目を向ける必要があるのではないでしょうか。
プロアマ問わず動画をつくり、不特定多数の人の目に触れるからには一定の水準を満たすものをつくれるように
動画教育を啓蒙し、地道に活動を続けていきたいと思います。