大阪日帰り出張を終え、赤坂の事務所を出たのは、
夜8時を超えていた。
一人だったので、軽くご飯でも食べて帰ろうと、
フラフラと歩いていると、
見知らぬ男が声をかけてきた。
「キャバクラのご利用いかがですか?」
右手を前にして、私を制する。
こっちは、ヘトヘトでキャバクラのお姉ちゃんと話をする気力もなく、
だいたいからして金がない。
「いや…」
と避けるように断る。
すると、私がよっぽど物欲しそうな顔をしていたのか、
別の客引きがまた、手で私の進路を制し言う。
「キャバクラのご利用いかがですか?」
もちろん、私は断り、小走りに逃げる。
「天や」で夕飯を済ませようと店に入ると、
キャバクラの客引きの声が、脳裏に思い起こされた。
それは、宝塚の男役のように、
張りのある不自然な男風情を醸し出した声だった。
「キャバクラのご利用いかがですか?」
考えてみれば、ご利用ってなんだろう?
キャバクラって利用するものなのか。
などと、考えながら、天丼を食う。
カウンターの向こう側では、天やの年増の店員と
若い店員がもめていた。
指名争いではないのは確かだろう。